自分が、どうにもできないものを抱えても笑っているとき、ふと、鏡みたいな人が現れるものです。
とある温泉街のバーにて
当時2009年頃だったと思うのだけど、まだ私の状態が心身ともに極めて悪く、冷たい泥水に顔をぶち込んだような感じの頃の話です。
車で数分いくと温泉街って所に6年ほど住んでいました。
そこの温泉街はお湯が良いことで有名で、全国から観光客が来ます。でも、日本の旅行者って言うと、浴衣姿で酔い潰れて、連れの人に引きずられるようにしていたり……。旅の恥は掻き捨てとは良く言ったものだけど……地元に住んでる人間からすると日常なので、……ほどほどになぁ、と思っていた。
とあるJAZZライヴがきっかけで、その温泉街にあるとあるバーのママと知り合いました。
聞くと、ひょんな事からそのバーを継いだといいます。実はそれまで、夜のお店で働いた経験なんかなく、当然、お酒の作り方も知らず、普通の主婦だったそうです。
お店は、100インチのプロジェクターつきカラオケとアップライトピアノとデジタルドラムがある結構な広さでした。当時お店を継いで6年目。お店を維持している秘訣は、なんだかわざわざ聞かなくてもいいかな、とか思ってしまったんです。
存在そのものが、店を維持できる「ママ」って感じなんです。
底抜けに前向きで明るく、物怖じせず、何があっても人を恨まず、道徳を貫いた実践者だということが分かるのです。一緒にいると、何か悪いものを吹き飛ばしてくれそうな感じでした。
「歌いにいらっしゃい」ってことで、私は何度かそのお店に行ったけど、実はまともに飲み代を払った覚えがありません。なにしろ、私が歌ったら常連の誰かが支払ってくれるように、行き始めて2回くらいでなってしまったので……。こちらとしては、楽しんでるだけで特にライブとか積極的にやってるわけでないワケで。。。一度払おうとしたら、常連さんの機嫌が突然悪くなって、ママと「一体どうなの?」と一緒に首をかしげたこともある。
今思うと恐らく、「支払う」と言う行為が彼の見栄だったのだろうと思うのだけど。たぶん、おそらく氏の虚栄心は、支払うことで満たさたのだろうと思うのですが……。
さて、そんな年末近くのある夜でした。
深夜のお父さんドライバー
その日は車で来てたけど、お客さんのお酒に付き合い、代行をお願いしました。
メーターは2回回るか、くらいの距離だけど、深夜1時は軽く回っていました。盆地だったんで夜は冷えますし、とても静か。忘年会シーズンが始まるか始まらないかの時期で、頼んでもすぐには来て貰えないだろうと思っていました。でも、割と早くつかまりました。
遅くたのんですみません。
「いえ、お客さんは近い人だから……」
聞くとココの代行の受付時間は深夜2時まで。時間ぎりぎりでお客さんが乗り込んできて、随分遠くまで車を走らせることもあるそうです。私の車の運転席は代行さんにまかせて、私は助手席でふわんと酔った頭で代行ドライバーの話をしばらく聞いていました。
「実は、昼も仕事をしていて……」
それは大変だ。いつもですか?
「この時期のバイト代は子供にクリスマスのプレゼントを準備するのに使うんです」
そうなんですね。
「去年は、早く準備しすぎちゃって、子供達に見つかったんです。
……だから、新しく買いに行ったんです」
……2倍じゃないですか。
この運転手さんには、2人のお子さんがいるようだ。
「去年の深夜のアルバイト代はそれで飛んだんです」
お父さんも苦労が多い。
「今年はきちんと23日のぎりぎりに買いに行こうと思うんです。……見つからないように」
……一生懸命なんだな。なんだか、生真面目でコツコツしている感じが伝わりました。そうか、夜の世界には、こんな人もいるのかと思って。
でも、お体には気をつけないといけませんね……。
そうこうするうちに、あっという間に私のアパートに付いた。
「どうも、ありがとうございました。千円で良いです」
……え? (……タクシーより安いんですけど……)
「本当に千円でいいです」
お父さんは少し、誇らしげで嬉しそうでした。……では、お言葉に甘えてと、私は千円をドライバーに手渡しました。
「ありがとうございます。お話を聞いてくれて」
当時の私は、良く分からなかったけど、たぶんお父さんは、頑張ってるのを誰かに見ててほしかったのかな、とも思います。飲んだ帰りの客から、ぞんざいな扱いを受けることもあるだろうし。ひょっとしたら、奥様には、そこまでしなくても、と思われてるかもしれないし。
あれからもうずいぶん時間がたったので、子供さんは大きくなってることでしょうけど……。
ただ、この時期には必ず、彼の人をなぜか思い出しますね。
余談だけど、こんな感じのほっこり感。