521回目 周防大島町油宇・伊保田で聞いた・5「一列談判 破裂して」の図案考察
中国新聞山口県版の方で、「ふるさとのわらべ唄(著者:戎谷和修)」をかれこれ13年ほどやっています。2020年で500回を超えました。
500回目を超えると、さすがにどこでも驚かれることが多くなりました……。
そして、やったことの棚卸と挿絵の仕事を振り返ると、私の中に、挿絵のイラストだけでは消化できない内容も多くなってきているな、とも思います。
それで、こちらにもまとめるかと、思い始めました。
新聞挿絵は、20代半ばからになりますが、「ふるさとのわらべ唄」で、私が手掛けた連載の挿絵は、手元の記録で22本目になります。
「一列談判 破裂して」世相が歌を作る
唄の中には、その人たちが生きてきた世相が出てきます。
ふるさとのわらべ唄の連載には唄が毎回載っています。2020年12月11日掲載の521回目は、「一列談判 破裂して」という歌でした。内容は上記のようなものです。この歌は、全国でも流行り唄として歌われていました。
♪ 一列談判破裂して
日露戦争が始まった
さっさと逃げるはロシアの兵
死んでも尽くすが日本の兵
五万の兵を引き連れて
六人の残して皆殺し
7月8日の戦いに
ハルピンまでも攻めのぼり
クロパトキンの首を取り
東郷大将万々歳 ♪
これは本来、歌詞にもあるように日露戦争を歌ったものです。「ふるさとのわらべ唄」の中でも過去に登場しており、113回の手鞠歌で取り上げられています。
戦争は、事実をまず事実として、確認する作業が必要だと思っています。
そして、厳しい戦況の中、乗り越えようと思ったり、前向きに生活していた人たちがいます。その人たちの様子が、歌っている歌に出てきます。
大きく表だって「これだ」と強く言うことはないんだけど……。
521回目の記事にある「機銃掃射」のこと
「アメリカ兵の顔が大きく見えた」
一枚の挿絵を描くのに、よくよく調べます。
まず、内容を読みます。
記事の見出しが、わらべ唄の歌の題であることが多くいので、それに近い挿絵にしたいな、と、まず思っています。ただ、記事の内容によっては、記事に即した絵にしています。
わらべ唄521回の記事には、「一列談判~」のメロディが、山口県内では二種類歌われていることと、第二次世界大戦中、アメリカの戦闘機の機銃掃射の攻撃で受けた内容があり「アメリカ兵の顔が大きく見えた」とも伝えられていました。
機銃掃射とは、機関銃で敵をなぎ払うように一定方向に打つことです。第二次世界大戦末期には、戦闘機に積んである機関銃で機銃掃射が行われ、民間を襲うこともありました。
挿絵をつける方としては、わらべ唄の内容は「一列談判」の日露戦争です。さて、どちらを描こうか……。
実際の「機銃掃射」の映像を見て気が変わる
当時、アメリカの戦闘で使われた戦闘機、P-51からのガンカメラの映像が残っています。実際のガンカメラは、音声はないようです。ただ、当時にしてカラーのフィルムですから、驚きます。
戦闘機のパイロットが、機関銃のスイッチを押すと録画が始まります。そもそも、「兵士が民間を襲う」というのは国際法違反です。こうして、録画することにより、パイロットの行動規制にもなります。居住区でなく、野山を狙って撃ったりしてないか確認できますから。
実際に、工場や民家の屋根すれすれまで、戦闘機が飛んでいます。
確かに撃ってくるアメリカ兵の顔は大きく見えるでしょう。地上では、隣にいた子供が、撃たれたりしたでしょう。
絵の方向は、第二次世界大戦の機銃掃射でいこうと、考えました。
撃つパイロットの衝撃は?
ところで、機銃掃射をするパイロットは、戦闘機に乗りながら何も受けていなかったのでしょうか。私には、エネルギーとして、「当たった」というのは感じられていたのではとも思います。
この間、クレー射撃の話を聞くことがあって、銃を持つ選手は、実は目標を見ていないということを教わりました。正確には、発射されるクレーを、目視で確認している時間がないからそうで、銃は腰に定着しっぱなしなんだそうです。
そうして、打って目標に当たると、銃を支えている腰に衝撃があるとも……。
ショットガンを打つと、撃って当った目標の反動が腕に来て、初心者は肩を痛める可能性があるのは指摘されています。
物理的には「作用反作用の法則」なんでしょうね。力は、作用するとおのずと反射するので……。
ただ、パイロットは、目標が当たったのを感じられたとしても、すべての衝撃には耐えられる訓練は、あらかじめされていただろうと推測はするのですが……。
対する、当時の日本軍機は?
アメリカ軍のガンカメラの映像の中に、攻撃を受けてひらひらと落ちていく日本軍機があります。
日本側はこのころ、どんな機体があったのでしょう。
調べると、第二次世界大戦末期に活躍した「紫電改」という機体があり、2019年に複製されたとのニュース特集が出ていました。
兵庫県南部の加西市(かさいし)で復元された紫電改と、元パイロットの90代の方のコメント。
「紫電改に助けられた気がずっとする。感謝しています」
こちらは、愛媛県愛南町の紫電改を、訪ねた様子のVTR。パイロットのプロフィールが紹介されています。
このたびのわらべ唄の取材箇所は、山口県東部の周防大島町ですから、愛媛県や兵庫県の戦闘機「紫電改」は上空を飛来していたでしょう。
わらべ唄といっても、生き死にがある場合がある
「一列談判 破裂して」は、全国でも歌われていました。
歌とひとこと言っても、その背景にあるものというのは、一言では解説できないことが時々あります。
現在の私たちは、少なからず、先人の頑張りにより、生き残った人たちの子孫であることは事実はことです。
そして日本人は、どんな時も、本当によく歌ってきているな、とも思いますね。唄と歴史というのも、良く合致しています。
ふるさとのわらべ唄521回目