童謡|童謡日帰りバスツアー千葉②南の島の父を思う「里の秋」

バスツアーの昼食は重要

 食事はみんなで「オークラアカデミアパーク」お弁当、昼食をいただきました。ツアーにおいしい昼ご飯は重要です。
(参考:「オークラアカデミアパーク」)

 去年も日帰りの童謡ツアーがあって、野口雨情の故郷である北茨城市磯原町にの野口雨情記念館などに伺いました。茨城の人は、「基本的に盛ってくる」そうで、その時はアンコウ鍋を準備していただいて、ただただ量がすごく「食べられない……(笑)」と話しを聞きました(私は動く物が食べられないので、この時のアテンドされてた、シンガーソングライター・磯原町出身の大塚利恵さんのご実家にお邪魔していましたが。。。やはり量が……おなか一杯いただきました)。地域性の違いが味わえるというのは、旅の楽しいところです。

「里の秋」「蛙の笛」童謡碑

 昼食後の一行は、いすみ市に移動。海沼實の「里の秋」と「蛙の笛」の童謡碑を訪ねます。ところで、日本童謡学会の「三代目・海沼実」理事長は、海沼實の孫にあたります。

チョー熱いのに、若者よ…
童謡歌手川田正子さんのお宅跡地
「里の秋」
作詞:斎藤信夫 作曲:海沼實

1.
静かな静かな 里の秋
お背戸に木の実の 落ちる夜は
ああ 母さんとただ二人
栗の実 煮てます いろりばた

2.
明るい明るい 星の空
鳴き鳴き夜鴨(よがも)の 渡る夜は
ああ 父さんのあの笑顔
栗の実 食べては 思い出す

3.
さよならさよなら 椰子(やし)の島
お舟にゆられて 帰られる
ああ 父さんよ御無事(ごぶじ)でと
今夜も 母さんと 祈ります

「里の秋」の元の歌詞

 作詞の斎藤信夫は小学校の先生の傍ら童謡雑誌に投稿していました。終戦前の学校ですから、軍国主義の教育をしていました。自分が教師としてなんということをしてしまったんだろうと反省し、教師を辞職します。斎藤が教師をやめようとしたころ作った歌詞が「里の秋」の前身「星月夜」です。1番と2番は同じですが、3番4番が違います。
 曲をつけてくれるようにと、海沼實のところに送られていたようですが。曲はつきませんでした。

星月夜」
作詞:斎藤信夫

1.
静かな静かな 里の秋
お背戸に木の実の 落ちる夜は
ああ 母さんとただ二人
栗の実 煮てます いろりばた

2.
明るい明るい 星の空
鳴き鳴き夜鴨(よがも)の 渡る夜は
ああ 父さんのあの笑顔
栗の実 食べては 思い出す

3.
きれいな きれいな 椰子の島
しっかり 護って くださいと
あゝ 父さんの ご武運を
今夜も ひとりで 祈ります

4.
大きく 大きく なったなら
兵隊さんだよ うれしいな
ねえ 母さんよ 僕だって
必ず お国を 護ります

 終戦後間もなく海沼實のもとに、JOAKラジオ(NHK)の企画で復員兵を元気付ける曲を作ってくれと依頼が来ます。斎藤信夫の「星月夜」を思い出します。

 ところが、戦中に作られたものなので、3番4番の「お国のために」とは歌えません。そのため、斎藤と連絡し作り直させます。
「星月夜」を作った時と時代が変わっていました。戦時中に作った歌詞で、これを復員兵のためにというと思いつかず、4番ができたのもタイトルが決まったのも放送の当日でした。

 それでも「里の秋」は、1945年12月24日に無事に放送されました。たった一回の放送であったにも関わらず大変な反響で、放送局や海沼實、斎藤信夫にも歌ってくれと要請がきて、童謡歌手の川田正子が歌うことになります。
 童謡歌手としての活動が忙しくて学校に行くことができなかった川田正子の教育係を、先生である斎藤が引き受けていたようです。斎藤信夫は、その後教師に復職します。

三代目海沼実の「里の秋」の伝え方

 時間がたち、今ではなぜ、歌詞の中に「さよならさよなら 椰子の島」となるのか分かりません。戦中の最大版図を見ると、本当に椰子がある南の島が日本の領土だった時期があったのです。
 今、小学校の講演などで三代目海沼実 は「里の秋」を紹介するときに、最大版図の図を見せ、子供たちにイメージしてもらってから歌に入ると言います。

1942年、日本の最大版図。着色部すべて。(Wikipediaより)

「自国のことなのに、なぜ知らないんだ」

 以前、私のFBのウォールに、大日本帝国の最大版図の地図が流れてきて、思わずシェアをしていました。
 海外のFB友人に「自国のことなのに、なぜ、この事実を知らないんだ」と驚かれました。それくらい、戦後教育では明確に教えられてもいないのも事実です。歴史上でも18位の広さだそうです。

 童謡には、世相の流れによって歌詞が改変を余儀なくされた曲も多くあります。

『蛙の笛』中年以下に伝わってないか…

 そして、もう一つの碑「蛙の笛」。
 ……歌が、分からないです。
 この日は巣鴨児童合唱団を23年指導している、日本童謡学会理事の大澤よしこさんもキーボードをもちこんで下さっての参加で、みんなで歌いながら移動しました。

「『蛙の笛』知ってる人!」

……ハイ、ハイ、ハイ

 人生の大先輩方の手が上がります。……実際に歌うと、しっかり歌ってこられた歌だという事が良く分かります。

「蛙の笛」
作詞:斎藤信夫、作曲:海沼實

1.
月夜の 田んぼで コロロコロロ
コロロコロコロ 鳴る笛は
あれはね あれはね
あれは蛙の 銀の笛
ささ 銀の笛

2.
あの笛きいてりゃ コロロコロロ
コロロコロコロ 眠くなる
あれはね あれはね
あれは蛙の 子守唄
ささ 子守唄

3.
蛙が笛吹きゃ コロロコロロ
コロロコロコロ 夜が更ける
ごらんよ ごらんよ
ごらんお月さんも 夢みてる
ささ 夢みてる

 この曲は、作詞の斎藤信夫が教師を辞めた時に「次、何をしよう」と思っているときに作った曲。ちょうど、カエルの鳴き声が聞こえてきました。

「蛙の笛」では、蛙が”コロコロ”鳴くとあります。蛙の鳴く声はケロケロでしょうという声が一番多いとは思うのですが。しかし、実際に、コロコロと鳴く蛙もいます。
 斎藤信夫はその蛙の声を、「蛙の銀の笛 コロロコロロ」と表現しています。とても叙情的な唄です。


日本童謡学会