「僕が笑顔の時、君に会いたい」

 東京のとある商店街の夕焼け

 夕方6時になると、教会の鐘とお寺の鐘が同時に鳴り響く不思議な田舎町に私は住んでいた。この町は、日本で唯一伊勢神宮のご分霊を勧請した神社があり西のお伊勢さんとも呼ばれていた。町の造りは古く、風水をもとに考えられている、小さいけれど京都と一緒だ。さらに、日本で初めてクリスマスを祝った教会もある。

 宗教の和洋折衷が、小京都の中で取り行われている。宗教戦争なんて、日本じゃおこらないなぁ、としみじみ思うのと同時に、時の有力者は一体どんな一族だったのだろうかと、考える。

 カウンター席に座ると「いらっしゃい」と、ママが低音のしゃがれた声で出迎えてくれる40年以上続く老舗のジャズ喫茶。古いお客さんも多い。

 古くからのお客さんも多く、「二十年ぶりにきました、とても懐かしい」と、遠方から訪ねてくる人もいた。

 週に二・三度はライブがあるけれど、今日は無い日で静か。

 カウンター席にはこのお店のブログ管理をしている女性がパソコンを開いていて、ネットに繋いで作業をしていた。彼女はそこのライブ情報を発信している。今は、あるお客さんを待っているのだと言う。ふうんと、私はコーヒーを頼んだ。

 何もない日のこのお店は、ちょっとした出逢いの場になることもある。

 しばらくすると、上機嫌で少し酔っ払った、にぎやかな年配の男性が入ってきた。それほど大きくない男性。少ししぐさに女性的なものを感じるが、中身が女性というワケではなさそうだった。羽織っている黒いレザージャケットは、見た目に柔らかで上等だと一目でわかった。

 なんとなく、二人のお喋りに私が突っ込みを入れる形で、男性との話が始まった。

「僕はね、この人からパソコンを習うの。手話も習ってるんだ。
 こないだね、みんなの前で発表をしたんだ。男の僕がだよ。恥ずかしかったね。でも、やったんだよ。
それでね、今度はパソコンを習いたいのね」

 聞けば、電気屋さんで何かを物色中の若者の後をついて行ったのだという。

「若者の世界はすごいね。さっぱり分からない。でも、彼らが欲しいと思うものは、僕も絶対欲しいと思うんだよ。デジタルはわからない。だから「分かる人」に聞くの」

 男性は60代だという。その年で若者目線になって電気屋さんを見る。その感性に、一般的なサラリーマンではないものを感じるので、不思議に思って聞いてみた。

「お仕事は、どんなことをされていました?」

すると男性は、

「僕はね、夜の世界で、女の子を引き抜いてきたの」

と答えた。夜の世界のNo.1の女の子ばかりを引き抜いてきた元スカウトマン。東京、大阪、京都などの各地で女の子を探していたらしい。

「No.1になる娘は、たいていそんなに美人じゃないんだよ。 雑誌を読んだり新聞を毎日読んだり、お客さまのために勉強をしてるんだ。そんな娘がNo.1になるし、そういう娘が『魅力的な女の子』だね。
 物事の全部を知らなくても、ちょっとした事を知ってる、っていうのがうれしくなるね。
 見た目が素敵な子はたくさんいるよ。でも当たり前のことがしっかりできる娘じゃないと飽きられるね。いくらきらびやかでもね。
 だから僕は、『素敵な女の子』を見つけるとき『心の目』を使うの。大事だね。見た目にだまされてはね。

 …それで、素敵な娘は僕のお店に来てもらわないといけない……。だから、女の子を褒めるんだ。女の子は褒めきゃ。でも褒めすぎちゃいけない。逆に『何かあるか』と嫌われるのね。そこのさじ加減がね……難しいのよ」

 ママは赤ワインのボトルを出して、「はい」とグラスに注いだ。男性はうれしそうに話を続けた。

「女の子と食事に行くじゃない。…赤いワインがいいね。なるべく常温の。白は冷たくなくちゃって思うんだ。
 『食事に行く』ってね、ちょっとだけ、いつもより女の子がおめかししてくれるの。
 いいじゃない。お付き合いするとかじゃなくて、お友達としてね、うれしいね。僕は車の免許を持ってないから、女の子に連れて行ってもうんだ。でも彼女たちが一緒じゃないと、そのお店に僕は行けないのね。だから、『食事』大事ね」

 多分おそらく……、女の子を「こころの目」で見続けているうちに、いつしか男性の仕草は、女の子たちのしぐさが移って、少し女性っぽくなったんでしょう。

「でもね~。ほんとにNo.1の女の子ってのは、今度はお店に出したくなくってね~」

男性は苦笑した。そういえば、実は、私もブログをやるんですよ。

「どんなブログ?」

「……いろいろなものが一緒になった感じ。政治経済、精神世界がいっしょくたです」

「え、あなた、政治経済興味あるの?」

「えぇ、興味ないわけないじゃないですか。世の中を具体的に動かしているの、そこでしょ?」

「そう、興味あるんだ……。そりゃ~。……。あなたは、日本を救うね」

は?

 思わず私は、男性の顔をまじまじと見た。少し女性らしい上機嫌な顏だと思っていたら真顔になっていて、何かを見ているかのようだった。

 ……人はよく勝手を言う。

 と、男性の携帯に着信が入った。このお店の近くの飲み屋さんからで「早くいらっしゃい」とのこと。

 右隣にパソコンを教える女性、左に私、正面にママ。気づけば男性は、三方を女性に囲まれていた。一瞬真顔になった男性の顔は、すぐにもとの上機嫌な顔に戻った。

「僕が笑顔でいるときに、あなたに会いたいね」

と、男性は私にそう言い、名残惜しそうにお店から出て行った。

 きらびやかな都会から遠く離れた、夕方6時に教会の鐘とお寺の鐘が同時に響き渡る田舎町。そこで男性は、生活をしている。

 恐らく「笑顔」で、お店を渡り歩きながら…。